文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

鎌田實さんと秋吉久美子さんが語る

イベント・フォーラム

(5)だれだって頑張れない時がある

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

読売新聞創刊135周年スペシャルフォーラム

長野県諏訪中央病院名誉院長:鎌田實さん
東京医科歯科大学卒業。35年間、長野県の諏訪中央病院で地域医療に携わる。日本チェルノブイリ連帯基金を設立、放射能汚染地帯の病院へ医師団を派遣し、約14億円の医薬品を支援してきた。2004年には、イラクへの医療支援を開始した。2000年には、著書の『がんばらない』が大ベストセラーとなった。
女優:秋吉久美子さん
静岡県生まれ。1974年に、映画「赤ちょうちん」「妹」「バージンブルース」に出演し、一躍、時代を担う女優として注目された。「異人たちとの夏」「深い河」など数多くの映画に出演し、日本アカデミー賞優秀主演女優賞など数々の賞を受賞。映画のほか、テレビドラマや舞台でも活躍している。今年9月、早稲田大学大学院公共経営研究科を修了した。

みんながそっちを向いていたら、違う人がいた方が

 ――人と人とのつながりがあって、先生は自分らしい生き方のお手伝いをずっとされてきたわけですが、そういった考えに至るまでの具体的な経験など、少しお話しいただけますか。

 鎌田 きょうの題名は、「強い心で、自分らしい生き方を」ですね。秋吉さんが、人が赤と言ったら黒とか、黒と言えば赤と若いころに言ったというのを聞いて、僕もそうだったなと思ったんです。自分の生き方を選ぶときに、みんな一緒にならなくてもいいんじゃないか。

 僕は、東京の国立大学の医学部を卒業して、長野県に行くんですけれども、長野県は別に僕たちの大学の関連病院ではないから、行く必要もないんです。でも、みんなが東京へとか、みんなが大学へとか、みんなが大会社へとか、より大きなものへ行く必要はなくて、そりゃ大企業に入ったほうがいいに決まっているんだけれども、大企業に入れなかったらもうだめだということはなくて、時には変わった生き方があってもいいんじゃないか。日本人というのはみんな一緒で、同じ方向へ向かないと怖いという気持ちがあるけれども、そうではなくて、みんながそっちへ向いていたら、ちょっと変わった人がいるということが、この国を強くしているとか、自分の会社を強くするとか、組織を強くする。

 僕が『がんばらない』という本を書いたのは、みんなが頑張って、頑張って、頑張って、頑張らないと許されないこの日本の社会で、頑張らないというのはとても危険な言葉だな、みんなからバッシングを受けるかもしれないと思いながら、でも頑張れない人もいるよな、その人、だめな人間と思わなくていいんじゃないか。自分だって、時には頑張れないときがある。そのときに、自分をだめな人間と思ったら、もうほんとうにつらくなっていくわけです。そのときに、せめて自分だけでも、今は頑張れないけれども、絶対いつかまた頑張れるようになると思えたら、復活する芽が出てくるんじゃないか。だから、人は頑張れたり、頑張れなかったりがあってもいいんじゃないかと思って。

 日本中が一枚岩のようになって頑張ったから戦後の奇跡的な復興を遂げたのだけれども、みんなが頑張るという一枚岩になったために、僕たちの国はとてももろくなった。つまり、頑張れない人は生きづらい組織にしてしまったことが、僕たちの国や組織を弱くしたんじゃないかと思うと、頑張れない人も生きられる組織とか、頑張れない人もきちんと生きられる国にしておくことが大事なのかなと。だから、きょうのテーマでいうと「みんなと一緒じゃなくても時にはいい」ということが、自分らしく生きることだと思います。

 秋吉 頑張ってこられた方がそうおっしゃっていると、逆に説得力があるのか、ないのかと考えながら。

 鎌田 そこまで……。(笑)

自分らしさって、よくわからない

 秋吉 自分らしさということは、ちょっと哲学的命題みたいな感じがして、考えれば考えるほどわけがわからなくなってしまうんですけれども、先生が心の声をお聞きになって、大学を卒業した後、地方のお医者様になられたということ、先生がそこでみんなと同じ頑張り方をしない頑張り方をしたことによって、先生が希望の光を見せてくださった。これは、みんなに頑張らない頑張りを見せてくださっているところではないかと思います。

 先ほども言いましたけれども、自分らしい生き方って実は考えたことがないんです。「私らしさって何だろう」とか、よく雑誌の表紙に書いてあるんですけれども、ほんとうに考えたことなくて。ただ、どういうことでしょうか、時代を流れていくのではなくて、内側にいつつ、そとから観察しながら、自分というものの立ち位置を見つめていこうと思ったら、今日になってしまった。ちょっとわかりづらい言い方でしょうか。

 

 田 いや、大丈夫。わかる。

 秋吉 やはり人間は成長するために生きるんだということだけは確かで、成長の先はどこにあるのかといったら、自分らしく死ぬというところ。それを目がけて生きていくのかなと思います。

 鎌田 秋吉さんにお会いするので、何か映画を1本、僕、74年ぐらいの藤田(敏八)さんの映画、「赤ちょうちん」とか何本かは見ているんですけれども、今回、スタッフの人にお願いしたら、「昭和枯れすすき」を送ってきました。

 秋吉 それも古いですね。

 鎌田 それを見ながら、よく考えると、いつもどの時代でも、つまり74年ぐらいから今の今まで、秋吉さんが色あせずに、どの時代でも新しい顔、においとか、空気を持ち続けている。彼女は、別に「自分らしく」を意識はしていない。

 だけど、よく考えれば、お父さんやお母さんの死なんかにも格闘しているし、それが結果としてよかったか悪かったか――僕は十分よかったと思うんです。人間の死なんて、全部がうまくいく必要はなくて、時にはじたばた死があったっていい。それが不幸かといったら、決してそうじゃないですよね。どんな死だって一生懸命生きた死で、全部をオブラートで包む必要なんかないんじゃないか。丁寧に一生懸命生きた結果、最後にちょっとどたばたすることなんてある。僕たちは、それを子供や若い人たちに見せていく。それをお父さん、お母さんは十分やったし、その中で秋吉さんは、時にはおろおろしたり、はらはらしながら、娘として見事なことをしたんじゃないか。

 そして、50代になって大学院に行って。僕は頑張らないけれども、秋吉久美子は頑張っているなと。(笑)

 大学院では、世界遺産を通して地域の活性化とかいう研究をしたみたいですけれども、まるで女優とは関係ないですよね。でも、その関係ないことが、いつかブーメランのように、女優として生きていく上ではものすごく大きな、何かに変わっていくんじゃないかという気がする。 

 秋吉久美子さんの看取りについての連載記事が「一病息災」(2007年5月6日~6月24日)にありますので、そちらもご覧ください。

鎌田さんと秋吉さんの講演は6回に分けて掲載しています
(1)僕を拾ってくれた父親の教え(2009年12月21日)
(2)社会福祉って、手を握られること?(2009年12月22日)
(3)当て逃げのようながん告知 (2009年12月24日)
(4)告知せずに母を看取った、人間として正しいことだったのか?(2009年12月25日)
(5)だれだって頑張れない時がある(2009年12月28日)
(6)1%はだれかのために生きたい(2009年12月30日)
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

イベント・フォーラムの一覧を見る

鎌田實さんと秋吉久美子さんが語る

最新記事