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(3)当て逃げのようながん告知

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読売新聞創刊135周年スペシャルフォーラム

長野県諏訪中央病院名誉院長:鎌田實さん
東京医科歯科大学卒業。35年間、長野県の諏訪中央病院で地域医療に携わる。日本チェルノブイリ連帯基金を設立、放射能汚染地帯の病院へ医師団を派遣し、約14億円の医薬品を支援してきた。2004年には、イラクへの医療支援を開始した。2000年には、著書の『がんばらない』が大ベストセラーとなった。
女優:秋吉久美子さん
静岡県生まれ。1974年に、映画「赤ちょうちん」「妹」「バージンブルース」に出演し、一躍、時代を担う女優として注目された。「異人たちとの夏」「深い河」など数多くの映画に出演し、日本アカデミー賞優秀主演女優賞など数々の賞を受賞。映画のほか、テレビドラマや舞台でも活躍している。今年9月、早稲田大学大学院公共経営研究科を修了した。

相次いでがんで父母を亡くした

 秋吉 私は、近年、続けて父と母をがんで亡くしました。そのことを通して、お医者様とのめぐり合いというのは、ほんとうに運なのかなとも思ってしまいます。私は、とてもよい先生にめぐり合うことができました。「お金持ちの家に生まれる、貧しい家に生まれる、成功した方、そうでもない方、生まれるときにはそれぞれのシチュエーションのもとに生まれてくる。人生はいろいろ。だけど、死ぬときはほんとうにごく限られていて、ほとんどの方が病院で亡くなる。ほとんどの人が最後に出会う人は、お医者さんと看護師さんということになる。とすれば、僕たちはものすごく大事な仕事をしているんだよと、看護師さんにも言っているんですよ」とおっしゃっていました。

 だけど、私たちが死ぬ時、運、不運では、ちょっと怖いですよね。

 

 鎌田 なるほどね。読売の日曜版で連載をしている中にお父さんのお話が出てきた。主にお母さんの亡くなるときのお話が書かれていましたね。お父さんは肺がんでしたね。

 秋吉 はい、そうです。

 鎌田 その肺がんのときの告知が、「当て逃げに遭ったような告知を受けた」と書いてあって、ああ、すごい表現をする人だなと。その当て逃げに遭った告知って、どういう告知だったんですか。

 秋吉 私は付き添っていなかったんですけれども、妹と、母と、父が、ちょっと来てくださいと、検査が終わった後に言われて、レントゲンの写真をみんなで取り囲むと、「このテニスボール大の影が見えますよね。これががんなんですよ」って。みんなしてキツネにつままれたように、「はあ」ってなったらしいんですよ。テニスボール大ということは、どういうことですか。

 鎌田 非常に大きいですよね。お父さんも一緒?

 秋吉 はい。

 鎌田 本人が一緒ということなのね。

 秋吉 はい。その後、父は、ふだんの父ではなくなっちゃったらしいんです。歯医者さんに行ったときに、「ああ、ここがもうだめですね、神経抜きましょうね」みたいな感じですね。それが死につながる告知だということは、家族にとってもとてもショックでした。家族も最初は、そういうことであっても治すという方向で、東洋医療とか、いろいろなことを試みながら、疲れながら、あきらめながら、受け入れながらという形をだんだんとっていったわけです。

 いきなり、当て逃げのように、ぱっと言うことが格好いいんだというか、医者らしいんだという感じの言い方で、その後のことはもう知らないという雰囲気でした。

 鎌田 そうだね。

 秋吉 お医者様は慣れてしまっているのかもしれませんけれども、やはりその辺の、何ていうんでしょうか、繊細な、微妙な、一人一人の人間に対する、患者さんに対する告知の仕方というのは、あってもいいんじゃないかと思いますけれども、どうですか。

患者さんのためになるような告知

 鎌田 そうですね。一つの時代の流れだからするとか、あるいは、訴訟に巻き込まれないように、言っておかなくては後で訴えられるから言う。医師が自分の身を守るために言う告知は、とても冷たい告知ですよね。だけど、ほんとうの告知は、患者さんのためにほんとうのことを伝えるわけです。それは、ほんとうのことを話してあげることによって、その人がその人らしく、最後まで自分の時間を自分で決めて生きていけるように、ほんとうの話をするわけですから、患者さんのためになるような告知をするとしたら、どうショックなくほんとうの話を伝えるか。できたら、うそなく、ショックなく伝える。それが問われているんですね。

 例えば、肺がんがあるというときも、何回かに分けるといいんですよね。どうも悪いものが見つかりそうですねと言って、その日はそれで終わる。そうすると、患者さんはちょっと心の準備ができて、もしかしたらと思う。そして、数日後、もう一つ検査がありますから、もう一回お話ししましょうと。実は、残念なんだけれども肺がんがある。でも、ちょっと大きいけれども、これから大変だけれども、それでも人間の体って何が起きるかわからないから、これから前向きに、一緒に、いい方法を考えていきましょう、数日後にもう一回よくお話ししましょうとか言っているうちに、少しずつ心の準備もできてくる。

ほんとうの話をしながら、希望を持っていただける話し方がある

 鎌田 完全に治癒する確率は2割とか、初めからぽんと言われたときはとてもつらい。あるいは、完全に治る率は2割じゃなくて、99%治ります、1%再発する可能性があると言われても、一般の人がそれを聞いたら、自分の人生、ずっと運が悪かったから、私は1%に遭ってしまう、そっちに入ってしまうんじゃないかと思う人が多いですよね。医師は、99%大丈夫ですということは、治りますよと言っているつもりなのに、患者さんは残りの1%のほうに、もしそこへ入ってしまったらどうしようと、もうおどおどしてしまうわけです。

 そのときに、治癒率はこのぐらいだけれども、それでも全力で治しますから、一緒に前を向いて生きていきましょう、いい時に見つかりましたよという最後の言葉があるだけで、患者さんは、その1%のことは聞かされているんだけれども、何とかしますよという言葉があることで、もう一度前を向ける。だから、ほんとうの話をちゃんとしながら、希望を持たせる、持っていただけるような話はできるんじゃないかと思いますね。

 お父さんの告知が当て逃げということは、よく考えれば、今、日本中で当て逃げのような告知が行われているのかなと。だから、医療界は、もうちょっと余裕をつくってもらって、医師たちは、患者さんやご家族にがんであることを伝えるときに、少し時間をかけて、ゆっくり、丁寧に、できるだけうそのない、わかりやすい話をしないといけないと思いますね。 

 秋吉久美子さんの看取りについての連載記事が「一病息災」(2007年5月6日~6月24日)にありますので、そちらもご覧ください。

鎌田さんと秋吉さんの講演は6回に分けて掲載しています
(1)僕を拾ってくれた父親の教え(2009年12月21日)
(2)社会福祉って、手を握られること?(2009年12月22日)
(3)当て逃げのようながん告知 (2009年12月24日)
(4)告知せずに母を看取った、人間として正しいことだったのか?(2009年12月25日)
(5)だれだって頑張れない時がある(2009年12月28日)
(6)1%はだれかのために生きたい(2009年12月30日)
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