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ケアノート

医療・健康・介護のコラム

[伊藤比呂美さん]日米往復 父母を介護

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遠距離 悩むほど創作意欲

「日米を往復していると、『愛別離苦』という言葉の意味(愛している人と別れ別れになる苦しみ)をしみじみと考えるようになりました」(熊本市内で)

 米国カリフォルニアに住む詩人の伊藤比呂美さん(53)は、熊本で一人暮らしをする父(86)に毎日必ず国際電話をかけ、元気かどうか確かめています。さらに隔月のペースで熊本に帰り、父と、入院中の母(84)を支えています。太平洋を越え、日米を往復する遠距離介護を続けています。

 電話で時代劇の話

 カリフォルニアにいながら父の様子を確かめるには、こまめに電話するしかありません。午後4時ごろ、熊本では朝、父がちょうど起き出したころを見計らって、朝の電話をかけています。

 父は要介護度1。つえをついてゆっくりと歩けますが、時代劇や相撲が大好きで、一日の大半をテレビの前で過ごします。

 電話では、父が好きなテレビ番組のことを話題にします。カリフォルニアにいても、インターネットで日本の番組表を検索できますから、その日はどんな時代劇を放送するか、事前に調べておけるのです。受話器の向こうの父の声に変わった様子はないか、神経を耳に集中させます。

 私が寝る前に、2本目の電話をかけます。熊本は夕方。父に一日の出来事を聞きます。「きょうは転んでしまったよ」などと、よく愚痴をこぼす父。けがはしていないのか――。気がかりなことがあれば、すぐにホームヘルパーに連絡し、駆けつけてもらえるよう頼んでいます。そして、いつホームヘルパーから電話連絡があってもいいように、就寝時も携帯電話は枕元に置いています。

 父の身の回りのことも、カリフォルニアから手配します。大好きな時代小説の本もインターネットで注文して、父のもとに届くようにしています。

 父は5年ほど前に胃がんの手術をした。当時は夫婦2人暮らしで、体の弱った父の世話は母がみていた。ところが、3年前、その母に認知症の症状が表れた。原因がわからない手足のまひも出てきて、母は入院。そのまま寝たきりになった。父はそのときから一人暮らしだ。「朝起きて『こんな夢を見たよ』と、ばあさんに話せないのがつらい」と言う。

 12年前、私はイギリス人男性と再婚し、娘を連れて米国に渡りました。その時、熊本の両親に介護が必要になる日がいずれ来ると、ぼんやりと覚悟はしていました。しかし、実際のところ、米国に住みながら、日本の親を見守る苦労は想像以上でした。

 電話だけでは、もちろん親の様子はわかりません。日本に帰国する間隔がだんだん短くなり、最近は、隔月のペースで熊本に戻っています。太平洋を越えて成田へ、羽田を経由して熊本空港へ。時差もあります。到着するころはへとへと。でも、娘の私を待っていてくれる父の笑顔を見ると、ほっとします。

 ふだんの父の身の回りの世話は、ホームヘルパーの皆さんにお願いしています。ですから、熊本に帰ってきたときの私の役目は、父の話し相手になり、寄り添うこと。時代劇のDVDを借りてきて、「やっぱり藤沢周平はいいね」と語り合うのも大事なことだと思っています。

 “パトロール”

 熊本に滞在中、病院の母のところにも、毎日通います。母の体の状態はあまりよくありません。認知症の症状も進みました。今は、耳元で「お母さん、お母さん」と話しかけています。

 カリフォルニアから安否確認の電話をかけ、帰国すれば父と母に寄り添って気持ちを共有する――私の介護は“パトロール”のようなものかもしれません。

 日本の知人からは、「なぜ熊本にずっと住み、親の介護をしっかりしないのか」と暗に言われる。逆に、カリフォルニアの友人からは「なぜ夫や娘との生活を大事にしないで、たびたび帰国するのか」と批判される。説明しても、なかなかわかってもらえないのがつらい。

 幼いころは、父べったりの娘でした。父のあぐらの中にすっぽり入るように座っていた記憶もあります。親の介護はできるだけのことはしたい。同時に私の人生も守りたいと思っています。米国には大事な家族があり、仕事もある。

 親の介護のために熊本に戻っているときは、カリフォルニアの夫や中学生の娘と国際電話で毎日のように話しています。娘の悩みを聞いていたら、1、2時間があっという間に過ぎていきます。そして、介護の問題に悩めば悩むほど、詩人としての創作意欲が強くわき起こっています。

 父は自立心の強い人です。愛犬と一緒に、このままマンションの自宅に住み続けたいと願っているようです。今、お世話になっているホームヘルパーの方たちは、こうした私と父の考え方や思いを理解し、温かく支えてくださっています。

 父も母も、どんどん弱くなっているように思えます。これからどうなるのか。一寸先はわかりません。けれども、私なりの遠距離介護を貫いていくつもりです。(聞き手・西村洋一)

 いとう・ひろみ 詩人。1955年、東京都生まれ。青山学院大学卒。詩や小説のほか、「良いおっぱい悪いおっぱい」などの育児エッセーでも広く知られる。介護をはじめ“女の苦”をテーマにした「とげ抜き 新巣鴨地蔵縁起」(2007年)で、萩原朔太郎賞、紫式部賞を相次ぎ受賞。近著に「女の絶望」。

 ◎取材を終えて 日米を隔月のペースで往復すると、航空運賃の負担も大きい。伊藤さんは、最近二つの文学賞を受賞したが、「賞金は、すべて航空チケット代に消えてしまった」と苦笑する。ただ、お金のことも大事だが、伊藤さんがこだわっているのは「生き方」だ。親を精いっぱい介護したい。そして、自分の人生も決して曲げない――。インタビュー中は終始笑顔だったが、一つ一つの言葉から、そんな強い気持ちが伝わってきた。

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