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「いのちの電話」苦境…団塊世代退き相談員不足、無報酬・要研修で後継者難
悩みや不安を抱える人たちの相談に無料で応じる「いのちの電話」が苦境に立たされている。相談員の中心的役割を果たしてきた団塊世代の引退に、後継者の確保が追いついていないためだ。関係者は危機感を募らせている。
「命をつなぐ電話がつながらない」
「話し中ばかりじゃないか」「命をつなぐ電話がつながらなくてどうする」
福岡市内のビル内にある「福岡いのちの電話」。相談者から相次ぐ苦情に、河辺正一事務局長(61)が頭を抱えていた。
現在、相談員数は20~80歳代の170人。10年前と比べて50人も減った。24時間交代制で毎日相談に応じているが、3本ある電話回線のうち、1本だけでしか対応できない時間も増えてきた。
「一人でも多くの人に寄り添いたいが限界がある」。いつでも相談態勢を強化できるよう、相談室には四つの机を並べて準備しているが、その全てを使う日をイメージできないでいる。
研修受講料は2万~4万円、交通費も自己負担
長崎いのちの電話は9月上旬、相談員募集につなげようと、「うつ」をテーマにした一般公開講座を開いた。37人が集まったが、ある女性(68)は「いのちの電話は意義ある取り組みだが、電話では相手の顔が見えない。一言が命を左右するかもしれないと考えると怖い」と打ち明けた。
一方、佐賀いのちの電話が同じ頃に開いた相談員の養成講座。元教員の女性(61)は「息子の同級生が3人も自殺し、ずっとショックだった。退職して時間もできたので悩んでいる人の力になりたい」と話した。
相談員になるには、1~2年かけて、カウンセリング講習や実務研修などを受講しなければならない。およそ2万~4万円の受講料も自己負担だ。相談員になってからも原則、交通費や報酬は出ない。
長崎いのちの電話の田村繁幸事務局長(69)は「差し迫った相談もあるので、きちんとした研修が必要。寄付金で運営している事情から報酬も出せない。『誰かの役に立ちたい』という思いに支えられている」と語る。
九州・沖縄・山口には、宮崎県を除く9か所にいのちの電話がある。相談員は計約1000人いるが、9か所に必要な人員を聞き取ったところ、計約500人が不足していた。
背景には、高齢化や親の介護、精神的負担を理由に退く団塊世代が増える一方、新たななり手が少ないという事情がある。「1人当たりの当番は月2回が基本だが、多い人は4、5回入ることもある」(鹿児島いのちの電話)のが現状だ。
「死のうと思っていたけど、今日はやめる」その言葉が励みに…
こうした中、相談員の対象年齢や受講料見直しなどで、打開策を模索する動きが見られる。
大分いのちの電話は、「23~65歳」だった相談員の対象年齢を「20歳以上」に拡大。今年度から研修受講料を1万円引き下げ、3万5000円とした。
相談員の募集時期を7~8月としていた福岡いのちの電話は、今年度から4~8月に拡大した。
いのちの電話は、日常的な悩みやストレスの受け皿だけでなく、東日本大震災や熊本地震などの災害で、大切なものを失った人の心の支えにもなっている。
熊本いのちの電話の赤星敦事務局長(69)は言う。「名前も顔も知らない相手だからこそ、苦しい胸の内を吐露できることがある。『死のうと思っていたけど、今日はやめる』『話を聞いてくれてありがとう』といった言葉を聞くと、相談員を続けていこうと思えるんですよ」
電話はひっきりなし…「自殺」の相談割合が増加
相談員不足は全国的に深刻だ。「日本いのちの電話連盟」(東京)によると、2011年には7355人が活動していたが、15年は6538人と、ここ5年で1割強減った。
11年に75万3557件だった相談件数も、15年は70万4904件となったが、同連盟は「電話はひっきりなしにかかっている。相談の数自体が減ったのではなく、相談員数の減少が大きく影響している」という。
一方、全国の自殺者は昨年、2万4025人と6年連続で減少したが、今年の日本財団の調査によると、過去1年以内に自殺未遂の経験がある人は推計53万5000人に上るという。
全国のいのちの電話でも、自殺手段などに具体的に言及する「自殺傾向」の相談割合が増加傾向にある。15年は全体の11・7%に上り、中でも山口は31・1%と突出して高い。
山口いのちの電話は、15年1月に開設されたばかりで、相談員は約30人。午後4時半から6時間、交代で対応している。担当者は「自殺傾向の高さに驚くが、同時にこれだけ必要とされているのだと思う。今も、相談員が10人程度不足している。24時間体制で取り組みたいが、現実的には厳しい」と訴える。(桜木剛志)
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